2018年07月04日

日本の行方




 私は英語教師です。もちろんどうやって子どもたちが英語を使いこなせる様になるか、を日夜考えテクニックを学んでいます。
が、その想いにいつしか「どうやって子どもたちが自分の考えを自由に話せる様になるか」が加わり、更に「どうやって子どもたちが主体的に物事を見るようになるか」と考える様になりました。

 今、日本は2020年度、オリンピックイヤーに向けての大教育改革まっただ中。文科省の改革目標を見ていると、『たくさんの情報の中から必要なものを抽出して、自分なりに理解をして人に伝えられる人を育てる』…と、これには共感。でも方法はめちゃくちゃ。計画性がなく、既に行き詰まっていることは政治に詳しくない私でもよく分かります。
また更に、アクティヴラーニングとやらの中では、受け身の授業ではなく自分も参加して学ぶ、という漠然とした目標もある。現時点でアクティヴラーニングの解釈は様々で、みんな好き勝手に解釈をしていますが、学校では数学の教え合いなど、塾の「アクティヴラーニング」って何をするんやろ?あちこちにここぞとばかりに「英語教育」と「アクティヴラーニング」の文字が踊っています。

 正に今私が知りたいと思っているのは、これ程までに叫ばれている「教育改革」、実際現場がどこまで付いて行けているのか、というところです。現場っていうのは、教育現場もですが、家庭もそうです。

 踊らされては、いませんか。

 私は研究を始めました。実際いろいろなおうちの方々とお話しする機会は普段からありますし、毎日一定数の子どもたちと会うのでその生活や学習のことは把握しています。もう一つ言えば、英語教室は言葉の教室ですので、子どもたちが今学んでいる中で何をどう感じているか、子どもたち自身の気持ちも多く聞いています。学校の先生方とも出会って話す事はありますが、もっと声が欲しいと思い、Twitterを始めました。全国の小、中学校・高校の先生方300人以上と繋がり、今の問題点を探っています。

 その中で今見えていることは、家庭、学校、社会それぞれが子どもたちに向かう事を譲り合っている現状です。
「もっとこうして欲しい」「家庭はこうあるべき」「塾に行けば成績が上がる」…等々、子ども自身の気持ちや希望は置いてけぼりで、周りの大人たちがそれぞれに子どものことを譲り合っている状態がよく見られます。

 おうちの方が忙しいご家庭では、子どもたちの勉強を十分見てやれない、と思われています。家庭からの要望や文科省からの要望で学校はもういっぱいいっぱい。精神を病んだり、職場を離れたりする方が急増中。これはあまり知られていませんが、全国的に先生が足りない状態になっています。塾や各種教室は、これがビジネスチャンス!とばかりに容赦なくおうちの方々を煽ります。社会は…どうでしょう。公園でボール遊びするな、電車の中で赤ちゃんがうるさい…等々のクレームは、子育てに優しい社会とは言えません。
すべてにおいて、子どもたちは置いてけぼり。大人の都合最優先です。

 実際は、みんな知っています。
何はさておき、教育が大事。
でも、誰か一人が請け負うものでなく、みんながシェア出来ればいい。
私達が一番難しくしている教育。
実はとてもシンプル。
『あなたがそこにいれくれて、良かった』という温かい気持ちが最高の教育
免許がなくても、親じゃなくても、どんな人だって、してあげられる。
みんなが少しずつあげられたら、どんなにいいだろう。

 時間が無い中で、形だけ指導する連帯責任や歪んだ絆、人の価値の所在。
その中で、自己肯定感が消えて行く。
でもたった一人でも、立ち止まって手を広げ
『あなたは、あなただからいいんだよ。』
という人がいてくれたら。

 心にすこーし余裕のある方からで、構いません。
どうぞ、立ち止まって。
子どもたちに「もっともっと」を求めないで。
今いるその子をギュッと受け止めてあげてください。
歌になっているくらい、みんなが欲しがる言葉
「Just the way you are.」(君は君のままで)
は簡単そうに見えて、とても難しい。
でも、トライしてみてください。

 そして、子どもたちの話をじっくり聞いてみてください。
ダメ出しもせず、正しもせず、自分の意見も挟まず。
「そんな風に思うんだね〜」って、ただ興味深く受け止めてあげてください。
それが、どこででも出来るアクティヴラーニング。良質な教育です。

 まずは一週間やってみてください。
変化に驚くでしょう。
自己肯定感を育てる方法の一つです。  

2018年06月09日

大人気!英語サマースクール大募集


みなさーん、小学校でも英語が本格的に始まりましたね
教室には「英語が苦手」という小学生のおうちの方々からお問い合わせが増えてきました。
が、今年度はどのクラスも満席になっています。

そこで、この夏!3日間限定で「英語と仲良くなるプログラム」を行います。
その名も「サマースクール」最後の日にはおうちの方に成果を見ていただく楽しい英語パーティー♪
各クラス6名定員です。定員になり次第締め切りますので、どうぞお友達お誘い合わせの上、遊びにいらしてくださいね。
もちろん!お一人の御参加でも仲間と楽しく学べますよ♪

お待ちししていま〜す♪
詳しくは、ホームページをご覧ください。
http://honeylamby.jimdo.com/  

2018年06月08日

This is ハニラミ.



さて、各小学校運動会も終わり、夏休み前の少しのんびりした時間。ハニラミではチャレンジ月間が始まります。
その名も、『英語暗唱チャレンジ』

5月から入って来た新入生は自己紹介を暗記して発表。まずは人前に立つ練習です。
そして教室学習歴2年目以上の皆さんは、100ワード前後の英文を暗唱するチャレンジです。
毎年教室の幼児・小学生が全員チャレンジします。
そこでの私の仕事は、ナビゲーター。

一緒にその文章の持つ世界を味わって、英語で「伝える」練習。
教室のない6日間は、おうちの方に見てもらいながら練習。英語暗唱は、かなりハードルが高いです。分かっています。
でも、そのハードルを乗り越えた時の爽快感。そしておうちの方と、教室のみんなと一緒に成し遂げた時に得る達成感自信は何物にも変えられない、自分だけの宝物。

毎年最初は「いや〜これはムリ。」「出来ないです〜」と言っている子どもたちが、40日後にはおうちの方の前で発表をする。
今年で6年目の取り組みになりましたが、今まで途中で投げ出した生徒は0です。
本当に驚かされます。

全員が前向きに取り組むために教室で重要視していることは、『聴くこと』『良いところを伝えること』です。
私は暗唱に関してはほとんど何も言いません。言うのは「聴く」ことだけ。
いくら上手に暗唱が出来ても、人の発表を心を込めて聴くことが出来ないなんて、意味が無いのです。人の発表を見て、自分で自分を振り返る事も出来るし、客観的に見る事も出来る。自分がすべきことだけを自分でするなら、教室じゃなくてもいい。
暗唱は、深いです。社会の中の一人でありながらもそこに埋もれてしまわず、その中でどんな風に人を受け入れ自分を見つめていくか…体験出来る良い経験になります。それがハニラミの暗唱チャレンジです。

そして、暗唱を聴いた後はアトランダムに指名して今の暗唱の「良いところ」を一文で本人に伝えてもらいます。
アクティヴラーニングの教師の怖さはここにあるでしょう。
「もしこの子が酷い事を言ったら、自分はきちんとフォロー出来るだろうか」
でもそれと同時に、私は完全に子どもを信じます
この取り組みのルールは『良いところを見つけて伝える事』です。

『「下手でした〜」って言ったらどうなる?』って聞いた生徒がいました。想定内の質問です。
『じゃあさ、○○が頑張っておうちで練習してきて、ここで発表した後、誰かが「下手でした」って一言くれたら、どんな感じかな』
「嫌だ」
で、この話は終わりです。自分が嫌な事はしないでしょう。
私は怒りもしないし修正もしませんが、子どもたちが答えを持っている。それを引っ張り出すお手伝いはしたいと思っています。

その文化の中で発表をするので、どのクラスもホンワカと良い雰囲気に包まれます。
友だちが耳をすまして聴いてくれる。そして必ず自分に前向きな言葉をかけてくれる。
そんな中だからこそ「やってみようかな」という気持ちが産まれて来るのだと思います。
少し高めのハードルも、乗り越えられる気がするでしょう。

家で十分練習出来ずに、泣きそうになりながらつっかえる生徒もいます。
でも、友だちは「緊張してたけど、最後まで読めたね」「うん、すごいすごい」と拍手を送ります。
それと同時に練習を十分している生徒の発表を見て「あんな風になりたい」と憧れもするでしょう。
最後に『暗唱ってね、練習量がそのまま発表に出るの。だから、もし今日思う様に出来なかったら、次回思う様に出来る様に練習しておいで』と見送る。
もちろん、頑張った後は、楽しいゲームで笑って教室を出て行くのもハニラミ流。

子どもたちが学ぶのは英語だけじゃないんです。
  

2018年06月05日

子どもという人と暮らす② 〜自由な発想が産まれる場所・消える場所〜



 教室では、自由な発想を引き出すことを一番心がけています。
今私がとても強く感じるのは、子どもたちの中で自由な発想を封じ込める気持ちが働いていること。もったいないことです。子どもの頃の空想や疑問、自由な発想こそが子どもたちのその後の人生を、そして社会全体を明るく面白くしてくれるものです。

 ただ、『自由な発想』は時間がかかります。何せ「自由」だから。時間の枠にも囚われないのです。
子どもたちの空想は一旦広がると留まる所がないので、それにじっくり耳を傾けることには時間が必要です。また、自由な…ということは、大人から見たら良くない発想が出てくることもあります。自由というのは、見方によっては怖い事でもあるのです。
この様な話を聴くと、おうちの方は『学校でそんな時間を作ってくれたら良いのに』と思います。そして学校は『学校ではすることがたくさんあるから、ご家庭で取り組んで欲しい』と思うでしょう。私はその両方にいましたので、それはとてもよく分かります。
 
 そうです、これは誰かの仕事ではないんです。「誰がしなくてはいけない」となると途端にその素敵なアイデアは色を失います。
出来る環境がある人がすればいいのです。また、普段は出来なくても、出来る環境が出来たらいつでもどこでも出来るのです。

 ご家庭で作る事も出来ます。方法はいろいろですが、お子さんが話をする環境を作るんです。でも構えなくて大丈夫。『昨日、○○くんとケンカしてたけど、ちゃんと仲直りしたの?』みたいに重い話題である必要はありません。

 これはある家庭の取り組みですが、クイズを作るのです。子どもたちはクイズが大好きです。答えずにはいられません。食卓で『このお味噌汁には、何が入っているでしょうか!?』慣れていない間は、沈黙もあるかも知れませんが、その場合は『ヒント、ほしい? 全部で5つです!』など。子どもたちが食卓で言葉を発する文化を作るんです。
 それが数年後に、食卓で友だちとケンカしたこと、学校であった嫌な事、嬉しい事を報告する…という習慣に繋がります。
おうちの方は、それに対して意見せずに聴くだけ。もし意見を求められたら、お話ししてあげたらいいと思います。最初の取り組み時は少し頑張らなければいけませんが、それからの労力は減る一方です。エイッと思い切って飛び込んでみてくださいね。

 なので、食卓でのスマホ、テレビは完全にシャットアウト。未だの方、かなりお薦めです。外食時も同じです。
もし大切な連絡網や今しなければいけない連絡は、「ちょっと急ぎのメール一件してくる」と一旦席を外れます。もちろん、大人も同じです。毎日の食事の時にこの習慣がつけば、お子さんがお出かけの時や将来デートの時、家族を作っても、目の前に人がいるのに堂々とスマホをいじる…ということにはなりません。
このスマホが及ぼすコミュニケーションへの影響のお話は、また別の機会にしますね。

 日頃の習慣がお子さんの考え方、コミュニケーションに大きな影響があることは間違いありません。お子さんの年齢が低ければ低い程、その習慣付けは簡単ですが、大きくなられていても問題を感じているのであれば、話し合いながら小さなルール作りから始めてみてくださいね。

 学校でもアクティヴラーニングの取り組みが始まっています。誰かがすれば…ではなく、子どもたちを囲む私達一人一人が、少しずつ工夫や遊び心を出し合って子どもたちに自由な発想の翼を贈りたいですね。  

2018年06月03日

英語教育は間違ってなかった



 "If I have seen further it is by standing on the shoulders of giants."
以前、鹿児島県のグローカルアカデミー代表である岡本尚也さんの講演で聞いたこの言葉が、ずっと胸の中に留まっていた。
アイザック・ニュートンが手紙の中で用いた言葉で、意味は「私が遠くまで見通せるのは、巨人の肩に乗っていたからだ」即ち、「新しいと思っている発見も、先人の積み上げた経験や発明があったからこそ出来たものだ」ということ。

 そして先日、以前小学校で御一緒していた先生が私に『今までの英語教育は間違ってなかったんですよ』と言い切った時に、ハッとした。
私達は、今自分たちが英語を使いこなせないことを教育のせいにする傾向がある。
でも、その気になれば頭に簡単な英単語が浮かんでくる。商品のパッケージなど必要に応じて簡単な英文が読めて、意味もなんとなく推測出来る…それは今まで私達が受けて来た教育の実績だと言える。
日頃英語を全く使わない国民なのに、多くの人が英語を正しく読めるのは驚くべき事だ。

 今私達の欲求不満は「話したいのに、思う様に話せない。」「聞いてもなんと言っているのか、分からない。」それにプラスして、「そもそも何を言って良いのか分からない。」
それは今問題視されている、日本特有の「受け身の授業スタイル」に少し工夫をしたら克服出来そうな気がする。そして自分の意見を受け入れてもらえる場は必要。
ただ、それを「はい、じゃ今日からアクティヴラーニングして」と言ったところで、私達は自分たちが受けていない教育をすぐに実践することは不可能。それは特別な技術と知識、トレーニングをして自分の中に落とし込んで、やっと実践出来るものなのだ。

 さて、英語と言えば切っても切れない指導者問題。担任の先生がするのか、専科教員を置くのか、外国人指導者に任せるのか。
いずれにしても、子どもたちの心を揺さぶる、「やってみよう」という気持ちにさせる技術は必要不可欠。それ無くしては、日本の英語教育は成功しないどころか、後退していくだろう。間違いない。スピーキングテストをしてみたところで、その試験に合わせたマニュアルが出来て、それをコピーするだけ。本当の意味で「自分の考えを自分の言葉で述べる」という体験を積む場がない限り、スピーキング能力もテスト用のテクニックでしかなくなる訳だ。

 誰が子どもたちの前に立つにしても、「英語を使ってみたくなる」雰囲気を作って「自分にも出来るかも」そして「自分の声を誰かが聞いてくれる」という安心感を全員に100%持たせるくらいの勢いで挑まないと、英語は「英語教室や塾に通って英単語をどれだけたくさん知っているかを競い合う、ただの競技」になってしまうだろう。既にそういう意味では英語格差は、ものすごい勢いで広がっている

 私の敬愛する英語教師は皆、英語指導の技術と一緒に児童心理やコミュニケーション、叱り方、励まし方、伝え方、英語圏の教育、幅広く学んでいる。英語が話せるなら出来る、海外に住んでいたなら誰でも出来る、そんなものではない。中学高校の英語教師の免許を持っていたら出来るものでもないのだ。子どもの頃から親や家族がしてきた様に、安心感の中で言葉を学ぶ事の大切さを十分理解していないと、言葉が言葉でなくなってしまう。
 
 何が目的か、何が必要か、国がムリなら現場レベルで結果を出していくしかいかないところまで来ていると思う。英語が子どもたちに希望を与えることを知っているからこそ、今の現状が歯痒くてならないのだ。

でも不平を言う前に行動。

私は目の前の人達と一緒に実績を上げていく事に専念する。私の実績とは、英検の級だけじゃない、単語数だけじゃない、英語を当たり前に使って互いの意見を聴き合い、笑い合い、学び合う子どもたちのことだ。
 
 
  

2018年05月26日

英語の旅に出発



 5月に教室の新年度が始まって、早くも一ヶ月が経とうとしています。
毎年のことですが、最初は英語を話したらビクッと身構えていた子どもたちが、この一ヶ月で英語を話してもしっかり耳を傾けようとし始めます。その変化は毎週目を見張るばかり。これだから英語教師は止められない、そう思います。

 今年から教室では、クラスルールをよりシンプルにしました。最初のレッスンでは、皆さんとその言葉と想いを共有します。
1. Listen to others.
言葉の教室っていうと「話す」方にばかり気持ちがいってしまって、プレッシャーを感じたり不安になったり。でもまずは「聴きます」先生の言う事だけじゃなくて、お友達が言う事も聴こうね。レッスンの中では、「What does she like? (○○ちゃんの好きな物はなんだった?)」と聴いてみたりしますが、みんなちゃんとお友だちが話した英語も理解して答える様になります。楽しみです。

2. Make mistakes.
あのね、よく「間違ってもいいんだよ〜」って言うよね。でもね、ここでは「mistakeしよう!いっぱい。」私がニュージーランドで暮らしていた時、間違いの中に学びがあった経験などを伝えます。発音は何度も間違って覚えました。言うか言わないか、迷ったら、言う!それがこの教室の文化です。

3. Let's have fun.
楽しい時間は、一人では作れない。どうしたら、みんな一緒に楽しめるでしょう。それを心に留めている人は豊かな人です。

 それから、宿題の事を話す時、コップの水の例えでお話をしました。
みんながそんなに日本語が上手なのは、おうちの方々、周りの方々が、みんなが産まれたばかりの頃からみんなのコップに日本語のシャワーをたくさんかけてくれたからよ。コップがいっぱいになったら、みんなから言葉があふれ出したの。
みんなの中の英語のコップは、どうかな。想像してみます。

 まだまだ少なそうだね。

 宿題は先生のためにするものではありません。先生のコップは、もういっぱいです。
みんなは、自分のコップをいっぱいにするために、どうしたらいいでしょう。
そう、おうちでもたくさん英語にふれてきてね。先生が出す宿題はただそれだけ。そのためにCDやDVD、Youtubeを使うのですが、一日に数分でいい。気分、体調、あるかも知れないから自分でその日に貯める水の量を決める

 この語りかけが、10年先の皆さんを作ります。ただ言われるままに宿題や課題をこなすだけの中学生、高校生にならないように。自分に必要な量や物を自分で選んで自分で進んで行く。そんな皆さんの先を見ながら、お話をしました。
 「あのね、『ぼく、算数が苦手。社会は0点。だから日本語も話せない』っていう人って、いないよね。英語も同じです。英語は言葉だからね。苦手だから話せない人なんて、本当はいないはずなの。使うか、使わないか。ただそれだけなんよ。

 ホワイトボードに描いたコップの絵を見ながら、子どもたちの顔がキラキラ輝き出します。

 さ、船出。一緒に英語を使って、自分探検の旅に出よう。  

2018年05月13日

バイリンガルコース



 私の教室では、「ことばを使うこと」に着目しています。
「英語」を教える…ことの前に、まず「やってみよう!」の気持ちになることが大切です。
励まし、何度も話すチャンスを作り、小さな成功体験をたくさん積んでいる間に、子どもたち自身が自発的に英語を使って話し始めます。

 その最初のパート、「励まし」はレッスンの中では常に心がけていること。そして、もっとやってみたい!と思った子どもたちには、ネイティヴの先生とのレッスンやキャンプ、ゲストをたくさん招いて英語だけでミッションクリア!のイベント、たくさんの人の前での暗唱発表…など、英語を使う機会、そして私以外の人ともたくさん触れる機会を作っています。

 その一つが、このバイリンガルコース
月に一度、ネイティヴの先生と一緒のレッスン。Nami先生は日本人だから日本語を分かってもらえる…という少しの安心感がありますが、そこから更に前に進んで日本語が通じない環境でのレッスン。
最初はモジモジ緊張気味の子どもたちですが、先生がどんどん英語の世界へ楽しく誘ってくれます。そしてあっという間にこんな風に、「言いたい!言いたい!」とジャンプしながら発表。英語が通じることが当たり前になった子どもたち、自信たっぷりになってウキウキしながら帰って行く後ろ姿を嬉しく見送ります。

 レッスン中、私は時々後ろで仕事をしたり、振り返りシートを配ったり、わざと席を外したり…いずれにしても一切言葉を発することなくただ眺めていました。でも誰も私に助けを求めてくることはなく、先生の英語をしっかり聴き取り、堂々と自然な英語で答える子どもたちに、私はただただ感心していました。
こうして客観的に子どもたちを見る事は新鮮で、また皆さんの良いところがたくさん見つかりました。
皆さんの日々の頑張りの結果ですが、なぜかNami先生まで褒められて、とっても嬉しかったです。

 私の伴走で、皆さんがより快適に走れているとしたら、それは本当に幸せなことです。
  

2018年03月09日

ハニラミ中学レッスン改革



今日、教室のある町では一斉に中学校の卒業式が行われています。
義務教育からの卒業というのは、本人たちが思っている以上に大きな船出で、高校生になった子どもたちが一番楽しんでいるのは、「ある程度、自分の判断が通ること」の様に見えます。中学校では、その判断のベースとなる「思考」して「表現」する場が十分あったでしょうか

教室では、小学校クラスから進学した中学生も見ています。これまでに数回入試を経験しましたが…中学生を見ていて、私なりにレッスンを根本から見直すことにしました。実際中学生に英語を教えるのは、比較的楽です。ただ決まったルールと、習う単語を一方的に浴びせても、それが授業として成り立つからです。

もちろん私の教室では、英語を話す事が前提の子どもたちなので、中学生レッスンの中でも習った言葉を使って自分の身の回りの事、気持ちなどをサッと話す時間を散りばめています。私が突然、「じゃ、今習った受動態使って自分のこと話して」と言っても、しっかり話し、しっかり聴いて理解をしてくれる仲間がそこにいるのです。思いきりスピーキング出来る場があること、そこが英語教室から上がった子どもたちの強みだと思います。

そんなレッスンですが…2018年度からは90分のレッスンの内最後の30分を自分時間とします。帰っても良い、英語以外の勉強をしても良い、英語の質問に来ても良い、ただ自分ですることを考えて進める時間にします。どんな時間になるのか…今からワクワク。体調が悪ければ帰って早く休む、宿題を全部ここでして帰りたければ、ここに残る。今日のレッスンの箇所を復習したかったら私に聞きにくる…勉強だけでなく、時間の使い方そのものを「考えて」「自分で決める」時間にしたいと思っています。その決断に、私は絶対何も言わないことを保証します。その本人の判断を尊重します。

今中学生を見ていて思う事は、「常に何かに追われている」ということです。学校の課題が多く、その一つ一つが事細かに決まっているのです。子どもたちが独自の判断をする余地もなく、ただ目の前にあるものをこなしている様に見えます。体調が悪くても、自分の心の異変に気付いても、休むと言い出せない状況があります。

よく「塾に行っても全然成績が上がらなかった」という言葉を聞くのですが、成績を上げるのは「塾」ではなく「自分」なのです。自分がどんな問題で間違いがちなのか、何を優先すべきか。そんな判断をまずは自分でして欲しいと思いました。それが許される場所が必要なのでは、と思ったのです。

もちろん私はプロですので、その子にとって何が必要で何が足りないかは、見ていてすぐに分かります。ですが、ここで私がすることは、本人がそこを見つけられるかどうかを見守る事です。そのための仕組みを繰り出していきながら、少し様子を見てみようと思います。

自分で考え、判断する事が出来る様になった子どもたちは、きっと学校でも塾でもどんどん自分に必要なものを吸収していくことでしょう。
来年度は子どもたちの思考・判断・表現のベースを作る、そんなチャレンジをしてみたいと思っています。
  

2018年02月27日

自分を引っ張り出す




 教室では春の発表会に向けて、各クラス準備中。2年以上英語を学んでいる6年生は、英語スピーチ制作中です。
実は私、この作業が大好きなんです。元々日本語でも英語でも文章を書くのが好きで、物を書く仕事もしていましたので、作文指導は得意中の得意。まずは日本語と英語の壁を取り払って、自分の言いたいことをただ、オリジナルのシートに書き込みます。

 そこからが面白い。
子どもたちが書くのは、大体「〜になりたい」「〜が好き」という事実のみ。
そこで、その理由を尋ねます。

「え?何となく」

『あのね、「何となく」っていう理由ってありそうで、実は無いのよ。必ず何か理由があるはずだから、ちょっと引っ張り出してみようか』
インタビュー方式で、子どもたちの心の中を探ります。

一つ一つの理由を探る、自分と向き合う旅の始まり。
そして、必ず出て来るんです。会話の中で子どもたちの内から出てくるイメージや簡単な言葉を、一緒にかき集めます。
イメージで出て来るものを一緒に感じながら、それを習った英語に落としていく。その作業がまた楽しい。

「その表現、ここで使えるんだ!」
「こんな言い方したら、まどろっこしくなくてストレートに伝わるね。」


 最初は「え?何となくですよ〜」と言っている子どもたちの顔が見る見る明るくなっていって、自分探しの旅を楽しむ様になります。
その過程がたまらなく楽しいのです。出来上がったスピーチは世界に一つだけ。
その子の心の中がキレイな言葉で整理され、表現された物になります。

 さて、スピーチが出来たら次はどんな風に話したら、人に伝わるだろう。
「伝える」を探す旅。
まだ終わらない旅。産みの苦しみがあるからこそ、産まれた物は美しい。

 後一ヶ月。

教室で一緒に学んできたことでどんなことが出来るかを、一緒に体験します。
その中で私自身も子どもたちに励まされ、勇気づけられ、また気持ち新たに新年度を頑張ることが出来るのです。

本気で自分と向き合う経験をすれば、表現する力がつけば、これから先自分の力でしっかり歩いていけるでしょう。
「なんとなく」と言いながら生きていくよりも、ずっと楽しくて学びの多い人生になると信じています。  

2018年02月16日

Thank you, Maruちゃん!




 英語の先生、特に自分で教室を開いている私達は、気ままで孤独。自己流を貫くことが出来るのが長所で短所。大海原に羅針盤なしで漂いながら理想の地(教育)を求めているみたいなものだから、私にとって人と関わっていくこと、世の中を見つめていくことはとても大事なことなのです。
そんな私の教室の、初めてのスタッフがマルちゃんでした。

 2年前の夏、教室のイベントの為にインターネット上の国際交流掲示板に「英語教室のイベントのお手伝い募集」と書き込みました。小さな小さな教室の漠然とした書き込みに興味を示してくれる人はおらず、私はその投稿のこともすっかり忘れていました。

 そんなある日、突然メールが来ました。「英語教室を手伝いたい」という旨のメール。差出人はブラジルの方。すっかり投稿のことを忘れていた私は一瞬戸惑いましたが、「面接」という名目で待ち合わせをしました。
 丁寧に立ってお辞儀をしたマルちゃんはとても好印象。話し始めるとまるで古くからの友人の様な感覚がありました。とにかく話しやすい。よく笑う。しっかり話を聴いてくれる。正直な話し振りからマルちゃんの人柄がすぐに分かりました。
 是非この人と何か企画したい、そう思わせてくれる出会いでした。

 当時マルちゃんは日本人の奥さんと結婚して、近所に引っ越して来たばかりでした。そんなマルちゃんの夢は、英語の先生になること。英語の先生になるために勉強して資格を取り、日本語の勉強もビックリする程一生懸命していました。が、「英語ネイティヴ(母国語)ではない」ということで、なかなか英語の先生の仕事は見つかりません。私もいろいろ働きかけてみましたが、やはり『ネイティヴではない』というハードルの高さに改めて驚きました。私達と同じで、英語が第一言語ではないけど、努力して英語を話す人になったマルちゃん。その姿勢やコミュニケーション力から子どもたち、私達が学ぶことはとても多いと感じました。マルちゃんは時々教室に立ち寄っては、日本語勉強で分からないところの質問、今後子どもたちの為に出来そうなことの企画の話などをして一緒に盛り上がりました。

 よし、マルちゃん。資格も国籍もダメなら、『経験』があるよ。私のところで、経験積もう!次、どこかの面接で「英語を教えています」って言えたら、きっとプラスになるよ。
…そうして教室のイベントで英語講師としてのマルちゃん、デビュー。ブラジルの話やオーストラリアに留学に行っていた時の話、日本に初めて来た時の話など、子どもたちにクイズを交えながらしてくれました。プロジェクターで流す画像も作って来てくれて、子どもたちは興味津々。

 翌年開講した月に一度の「マルちゃんレッスン」にはたくさんの子どもたち、それに生徒のご家族が参加して、マルちゃんと英語だけの時間を楽しみました。マルちゃんと話していると、不思議ともっと話したくなるんです。たくさん聴いて、たくさん笑ってくれる。一生懸命さと誠実さ、それに明るさで子どもたちを英語で話す世界に引き込んでくれました。



 そんなある日、マルちゃんから「グッドニュースでバッドニュースがあるよ」とメッセージが届きました。
フルタイムの英語講師の仕事が決まった!でもそれは遠い場所だから、もう一緒にお仕事出来ない…
マルちゃんの夢が叶った。本当に実力と経験、それにその人柄で仕事が得られた。素晴しいことじゃないの!と、「おめでとう」のメッセージを送り返しました。

 教室の子どもたちもおうちの方々もとても残念がっていましたが、みんなで笑顔でマルちゃんを送り出します。最後の日、子どもたちからもらったたくさんの感謝の手紙を持って、マルちゃんは教室を去って行きました。
 その後にマルちゃんから届いたメールには、私への感謝の言葉と共に『あなたは偉大なメンター(師匠)だ』と書いてありました。日頃から私のことをメンターと呼んでくれたマルちゃん。くすぐったい気がしていたけれど、私も貴方からたくさん学びや発見をもらったけれど…こんな私をそんな風に思ってくれて、ありがとう。

 私の初めてのお弟子さん。
さ、元気に行ってらっしゃい。
貴方の周りにはこれからもずっと、たくさんの子どもたちの笑顔と笑い声が溢れていることでしょう。