2018年09月25日

賞 what?!



 毎年恒例の合同英語暗唱大会も、今年で6回目。仲間たちと0から作ったイベントで、毎年子どもたちと一緒に成長し続けるとても愛おしい大会。一緒に作り上げてきた仲間も私が心から敬愛する方々。子どもたちを包む温度が一緒だから、こうして優しく温かく一緒に歩んでこられたんだと思う。

 大会だから、もちろん賞がある。各部門賞を設けて、プロの英語教師を審査員に迎え審査をお願いする。日頃は「自分のペースで学ぼう、笑顔で学ぼう」と言っている私たちは、少しピリッとする。
それは賞が欲しいからじゃない。
賞に振り回されない様に、価値観が揺るがない様に。

 賞は飽くまでも子どもたちのモチベーションに繋がるものでないといけない。
落胆する、悔しがる、それは前向きな痛み。私たちは毎年、子どもたちのそれに寄り添う覚悟を決める。
賞を逃したことで、一番悔しく辛く悲しい思いをするのは、本人。
その落胆、それは深くて辛い。
もがいても抜け出せない様な後味の悪さ。
人生で初めて味わう苦い思い。

 そこで私たちが出来ることはなんだろう。

 見守ることに他ならない。

 絶対にしていけないことは、それに輪をかける様に「あそこが悪かった」「ここをもう少しきちんとしていれば」という負の援護射撃だ。
子どもたちが落胆している、ガッカリしている、見た目は平気そうに見える子もいるかも知れない。
でも自分が頑張って挑んだことで、目標が達成出来なかったことがどれだけ辛く悲しいことか、私たちは十分わかっているはずだ。
 そこで自分の負の思いが自分が受け止められる範囲を超えてしまったら、必要以上に重くなってしまったら、子どもたちは次に進むのを止めてしまうだろう。

 たくさんのステージに上がった子どもたちのその後の成長を見てきた私の目から見たら、賞なんていつだって物理的にはとても小さなもの。

 それを受けた子どもたちが、自信をつけてどんどん伸びていく。その成長自体が、その賞自体の価値よりも大きなこと。賞はほんのきっかけに他ならない。
 そして賞を逃した子も、その悔しさから立ち上がった時、自らを分析し、人に憧れ、そして自分の理想に近づくべく努力をする。そしてその力を大きく伸ばして羽ばたいていく。賞はそのきっかけにもなり得るのだ。

 賞じゃない、その賞をきっかけにしてどう前を向いていくのか、そこが一番大切。
それを私たちはいつも心に留めておかなければならない。通りすがりの審査員の専門知識や心情を鵜呑みにして振り回されるのではなく、目の前の我が子の努力と、立ち上がって再び歩み出すことを信じて、じっくりゆっくり温かく見守っていられるかどうか、それがその賞がその子にとって良い経験になるか、の決め手になる。

 子どもたちはちゃんと自分で向上、探求していく。
私たちはそれを邪魔しないようにするだけだ。

 こうして、私たちの大会は子どもたちが立ち上がってまた歩き出すまでを見届けたところで、やっと終わったと言える。

 今年もおつかれさま、素敵な仲間たち。  

2018年09月22日

誰の幸せ?



 先日、翻訳家の「小宮由」氏の講演会に行って来ました。
その中で拾った言葉。

「子どもの幸せは 大人の幸せとは違う」

 これは大収穫。このところずっと考えていたことが、この言葉でストンと心の中に落ち着いた。
そうなんだ。子どもの幸せのため…と大人が描いているのは、大人の自分の「今の」価値観での「幸せ」であって、それを子どもたちに見せても、必ずしもそれは子どもの幸せではない、ということ。
先生は絵本のお話をされていたのだが、これは何にでも通用する言葉に思えた。

 子どもたちは今、間違うことさえ許されない。迷う前に誰かが「こっちだよ」と道に戻し、速度が弱まれば、「早く早く」と急かされる。背負う荷物の内容も量もゴールも全部決められている子どもがあまりにも多いことに、驚く。

 高校時代からの親友が、当時彼女のことを心配する家族に向かって
『お願いだから、間違えさせて』
と懇願したのが衝撃的で、今でもよく思い出す。

 若人よ、自分の速度で、自分の足で歩むんだ
時には誰よりも遅くなったり、突然加速したり。道に迷って泣いても叫んでもいい。誰かにすがってもいい。
 そしてキラキラ光る憧れに出会い、ときめいたり、心をたくさん動かして、見つけた宝物は、あなただけのもの。

その宝物を探すプロセスを、
人生で一番楽しいプロセスを、
子どもたちから奪ってはいけないと思う。

それを知らない人は、自分の幸せが何か
自分が幸せかどうか、わからなくなってしまうだろう。

ゆっくり見守り、近くから遠くからそっと寄り添う存在でいたい。

  

2018年09月17日

英語の楽しみ方、もう一つ。



 ある時、生涯学習センターの大人の生徒さんに私が、「 "I" は、"私"だけでなく、"俺" "ぼく" "わし" "おいどん" "わたくし"…など自分を指す言葉全部を表す言葉なので、自分がなりたい自分を英語で再び楽しんでください♪とお伝えしたところ、面白いご質問がありました。

 ご質問は「では翻訳本の日本語はどうなっているのか」といったものでしたが、実にいい質問です!
 ズバリ、それは御察しの通り、その世界を翻訳者の方の感じ方を通しているのです。
「そんなこと、当たり前」と思われる方も多いでしょうが、実際よく考えてみると原書で作者が思ったことがそのまま翻訳されているとは限らない、ということですよ。もしかしたら、Iを「僕」のイメージで書いていたけれど「俺」と訳されていることもあり得る、ということです。
 結構本の世界観から考えると、重大なことではないでしょうか。ちなみに私は大好きなボブ・グリーン氏のコラムがいろいろな人に訳されているので、それぞれの本を読むたびに若干の違和感を覚えます。それぞれの感じ方が違うので、同じ人のコラムなのに印象が違うのです。

 質問にお答えしながら、私も改めて「気に入った本は是非原書を読みたい」と思いました。
 秋の夜長、英語の本を自分の世界を通して読んでみられませんか。ポイントは、簡単な子どもの絵本からトライすると良いようです。図書館の児童図書コーナーにあるような、簡単な洋書絵本を読みながら、「俺」でも「ぼく」でもない、自分の感じる "I"を体験してみましょう。

 
  

2018年09月16日

言葉のキャッチボール



 8月は夏休みをいただいていた親子えいごサークルですが、また後期が始まりました!

 今日は体を動かして遊びましたよ〜。カラーボールを転がしたり、投げたり、キックしたり!ポイントは『優しくできるかな?』優しくthrow、優しくkick。実はそっちの方が難しいし、そっちができる人はすごいんだよ〜♪

 うぁ〜みんな上手に、やさーしくボールをポンっと相手に向かってキック。投げるお顔も優しくなるね❤️

 言葉も同じ。相手をしっかり見て、相手がOuch!ってならないようなキャッチボールの仕方を一緒に学びましょう。

 言いたいことを我慢するのではありません。言いたいことの伝え方を考えるのです。

 言葉を学ぶのはとても素敵なことですね。


  

2018年09月11日

指導者ってさ



 指導者って大変そう。
そう、大変なのは、どんな状況でも相手を信じてかかること。実はそれがとても大変。でも、それが出来たら後は楽。


 例えば何かを話して聞かせる時、すごく伝えたいメッセージがある時。
もしかすると相手にとってそれは良いタイミングではないかも知れない。指導者にとっては「今、これ大事!聞いて〜」でも、聞く側にとってはそれを受け止めて、「よしっ!頑張るぞ!」とすぐに言えない状況があるかも知れない。

 大事なのは、それを知っておくこと


 
だから、自分のタイミングに相手のそれが合っていないことに対して腹を立てる必要もない。
その代わり、相手がちゃんと聞いていない様に見えても聞いていることを信じる。そして相手がそれを将来本当に必要な時に思い出してくれることを信じて、伝えるアクションだけは続けていくこと。それが大切。



 怒りを伴わず、ただ相手の懐に忍ばせるつもりでね。



 これを教えてくれたのは、身近な少年。15歳になった彼が、ふと「これ、前に母さんが言ってたことだよね」と言い出した。え?私も忘れてるくらい昔?でもこの子の懐にはしっかり入っていた。私からの人生のアドバイス。お守り。ちゃんと大事な時に引っ張り出してきてくれた。



 その時に受け止めてくれていない様に見えても、「なぜ今受け取らない?」「今すぐ動け!」というのは伝える側のあまりにも勝手な言い分で。会話は相手と自分がいるから成立していることを、私たち指導者は忘れてはいけない。



 もう一つ。教育は一生もの。即席で完結する教育はないから、長い目で、ゆっくり、それぞれのペースで。。。出来たら素敵だし、ストレスフリー。  

2018年09月10日

ルールについて考える



 娘にカナダの学校生活の話を聞いていると(ここぞとばかりに、項目をたくさん作って娘に送りつけ、教育関連の現地の調査をしています)、授業中の水分補給 OK。もっと言えば軽食もOK。先生も食べながら授業してることがあるとか。
ピアス、タトゥー、髪の色、自由。ドレスコードは調べたら結構あったけど、納得いくものばかり。
 一定の理解が出来ていない場合は落第。。。などなど。

 何が良い悪いではない。それぞれが尊重すべき文化背景もあるから。ただ、教育について考える時、やはり比較対象があった方が考えやすい。一つだけしか知らないことは、とても怖いこと。そこで考える、今の日本のルール。校則。暗黙の了解。。。
 ただ黙って言うこと聞いてたら、怒られもしなくて楽だから。そういう理由で「ただ従う人」を育ててしまって、いいの?

 だから、自分の教室のルールは真剣に考えている。
教室ルールは
①Listen to others.
(人の言うことにしっかり耳を傾ける。先生だけでなく誰に対しても)
②Make mistakes.
(失敗しても気にしない、とかではなく、積極的に失敗しよう)
③Let's have fun.
(楽しもう)

 後は臨機応変で話し合う。例えばおもちゃを持ってくる子どもには「レッスンが始まったらしまおうか。目的が違うからね。」すんなり納得。これは比較的わかりやすい。

 でも時々「うーん」と悩んでしまうこともある。それが面白い。

 教室ではレッスン中の水分補給はOK。自分のタイミングを自分で掴みなさい、と伝えている。私にはわからないからね。トイレのタイミングも水分補給のタイミングも、みんな自分の体の声を聞く大切な練習。
でもそこで、ジュースを持って来た子がいた時は、考えた。
「みんな欲しがらないかな?」と聞いてみた。
そしたら「欲しがったら、みんなで分けるからいい」と。
あはは。これには参った。

 一つ一つの会話から、子どもの性格や良いところがたくさん見えてくる。笑いながら、お互いの意見を受け止め合いながら、良い授業、いや良い時間を作っていきたい。
お互いにとって、大切な人生の大切な時間なんですもの。  

2018年09月05日

言葉と刃物



 英語教師として英語を指導してきて十数年になるが、常に感じているのは「英語を学ぶ理由」がいろいろだということ。理由が違うということは、目標も違う。
 将来必要だから、とお家の方が通わせている子どもたちは特に、自分自身に目標がないのに教室に通うのは大変だろう。そのためにまず私がすることは、その理由を作ること。それはいたって簡単。

「楽しいから」

 「楽しいから」それがあれば、なんでも頑張ることができる。
そんな訳で「楽しい」雰囲気、楽しくなる学び方を常に追求しながら、子どもたちと向き合っている。

 でも「楽しい」の中に必ず気をつけていることがある。それは「温かさ」「敬意」
相手をバカにしたり見下したりするために言葉があるとしたら、それはあまりにも悲し過ぎる。
「言葉は刃物にもなり得る」というが、それは事実。一生消えることのない傷を与えること、命を奪うこともできてしまう。それでいて、その刃物を使った本人は相手を傷つけたかどうかも気づかない場合がある。

 「言葉は刃物」だとすると、英語が話せるからと鼻にかけて人をバカにする人は、刃物の使い方を間違って振り回し、周りの人を傷だらけにしているということになる。とあるテレビ番組で、日常的に英語を使う幼稚園の園児が、東大生の英語力をバカにするという企画があったが、見ていて不愉快極まりなかった。
明らかに「刃物、使えるんだぞ、すごいだろう」と言いながら間違った使い方で周りを傷つけている。
そういうことを平気でさせてしまうのは、その刃物の使い方を教える指導者の問題だと思う。

 海外から来た人と話をしていると、その多くが「日本人の中で英語を話せる人は少ないが、時々英語は流暢なのにものすごい高飛車で人を見下す人に出会う」と言われることがある。「君は違うね」と言われてホッとするのだが、英語も日本語も言葉。言葉を使うことがとりわけ特別な訳でもないし、特に海外で生活をすると周り全員が英語を普通に話しているのを見て、今まで少しでも英語が話せて得意な気持ちになっていた自分を恥ずかしく思うこともある。

 言葉を教えるとき、その刃物を使ってどんな風に美味しい料理を作るか、またその刃物でどんなに心を込めて美しい木彫りを作るのか…「刃物が使える」こと自体よりも、その刃物を使っていかに人を笑顔にするか、人と温かい時間を共有できるか、に重点を置きたい。


 私は昔も今もこれからも、言葉をそんな風に教えていく。
そのために英語教師をしている。  

2018年08月30日

一生ものの宝物



 最近中学生があまりにもテストに振り回される様子を見ながらモヤモヤしていたところ、先日天国に旅立たれた さくらももこさん の記事を読んだ。エッセイ漫画を描こうと決めたまでの経緯の中に、彼女が出した作文から彼女の持つ才能を見つけ出して見せてくださった方がおられたこと。そこで背中を押されて、新しい発想に結びつき「ちびまるこちゃん」が誕生した。
 うん、やっぱり自分の信じた道を行こう、と思いました。

 子どもたちが自分の持っている大事なものを見つけることをサポートしたい。それが私の仕事。

 どの子も同じ様に点数を取らせることは、必要なのかもしれないけど、私がしたいことじゃない。その点では、ごめんなさい。 
 子どもたちの目がパッと開いた時に、成績が上がってるかも知れない。英検を取っているかも知れない。子どもたちやお家の方々は喜んでくださるけど、それは結果であって、私が目指しているものではありません。
 だから、「うちに来れば成績が上がります!」「英検○級合格!」という謳い文句は使いません。同じ英語の中でも子どもたちの得意は様々。
 その得意を一緒に見つけたい。弱点の方じゃない。

 得意を伸ばした子どもたちが、心の余裕で苦手なことも頑張っちゃうかも知れない。でも、それは私じゃなくて子どもたちの力。一緒に子どもたちを見守り応援してくださったおうちの方々のパワー

 私がしたいのは、子どもたちが持ってる宝物探しのお手伝い
それはきっと目先の何よりも子どもたちの一生モノの宝物だと思うから。  

2018年08月22日

集中する方法〜頑張れ!夏宿題ラストスパート〜



 こんにちは。夏休みの宿題が年々増えていると感じるのは、Nami先生だけでしょうか?
明らかに私が小学生の時よりも多い…
 ですが、嘆いていても始まらないので、挑みましょう。今日は一つ良い方法を見つけた(先生親子実験済み)ので、ご紹介しますね。

●15分集中法(必要なもの:タイマー)
①メモに「〜○時○分 P47まで」など目標を書き、タイマーで15分測る。
その間に絶対目標を達成させる!(と自分に言い聞かせる)

②タイマーが鳴ったら、5分休憩。(必ず休むこと)

③次の目標をまたメモして15分。


友達と一緒に勉強する時などでも、この方法だとダラダラおしゃべりにならずに良いですよ。
効果としては、最初無茶な目標設定をしてしまいますが、その内大体15分で出来る範囲を想像することができるようになる。
だんだんゲーム感覚になってきて、少しハードルを上げたら、意外とそこまですんなり終わって、また次ハードルを上げて…と自分で自分に挑むことができる!普段は見えない時間を目に見える状態にすることで、休憩の5分が愛おしい。
時間をとても大切に感じる、などなど。

 どうぞお家の方も一緒に「15分でこれをする!」って決めて取り組んでみてください。連帯感が生まれます。
私たちも、気がついたら15分を3回していて、「おぉ、45分も集中したんだ〜」って。自分でビックリ。面白いですよ。是非お試しくださいね〜♪

  今、宿題がどんどん増えて困っている皆さん、是非頑張って将来宿題を作る側の人になって、減らしてくださいね。まずはその一歩として宿題を終わらせよう

夏休み最後に皆さんが夜更かししたり、追い詰められたりするのを想像すると、先生はとても悲しいです
今からならまだ間に合う!この方法、是非トライしてみてくださいね♪  

2018年08月10日

英語キャンプ2018



 今年も当教室の目玉企画の一つ、4教室合同英語キャンプ(任意参加)が終了しました。
ハニラミからは、3年生から6年生までの7人が参加。

 このキャンプは、本当に参加しないとわからない、ものすごいインパクト自分を変える何かがある!!今年もそれを強烈に実感して帰ってきました。

 たったの2日間、それをフルに使ってどの瞬間にも子どもたちに全力で関わってくれた AC(アメリカンカウンセラー)の学生たち、間に入って細かいところまで私たちの希望を聞いて調整してくれたJC(日本人カウンセラー)。
 そして、今年も尊敬する大好きな先生方と感動を分かち合うことが出来ました。

 小一時間バスの中で自己紹介やおしゃべりを楽しみながらワクワク、到着したらすぐに子どもたちはACにお任せ。私たちはお風呂や就寝、起床、ベッドメイクなどの生活面でのサポートに回ります。何も起こらない限り、私たちは写真を撮ったり、全体の様子を見ながら過ごします。ACと一緒に英語だけの空間で活動する子どもたち、普段のレッスンとはまた違った顔を見せてくれて、私たちにも良い経験となりました。

 食事も、楽しいイベントもワークもスキット練習も、キャンプファイヤーもダンスパーティーもACと一緒。一瞬も隙間なく楽しいイベントが次々にあります。子どもたちの中で「英語を話す」ハードルがどんどん下がってくるのが見える様。
 そこには、「伝えたい!」という子どもたちの強烈な想いが溢れてきます。

 二日目は朝から英語モード。”Good morning!”と声をあげながら起きてくる子どもたち。寝起きの彼らに英語で質問してもスムーズに答えます。
 前日から練習している英語スキットを全員の前で発表したり、ACが用意してくれたお祭りに参加したり、バス出発の2時ギリギリまで楽しく過ごします。

 最後のお別れは、バスの窓を隔ててこの二日間一緒に歌った歌や、お遊戯の大合唱。
 ”Good bye!” “Bye bye”見えなくなるまで手を振って。。。

 すぐに「あ〜またすぐに会いたい!!」

 子どもたちのこれからに繋がるように、全力で愛情と情熱いっぱいにこどもたちに向き合ってくれた若いACたち。そしてまたいつか出会って、今度はもっとたくさん話したい!と希望に燃える子どもたち

 8月9日。この日にこの小さな集団の中で生まれた友情は、これからの世界平和への大きな希望につながっている。そう確信した今年の夏キャンプでした。